さようならは五つのひらがな | 金沢・新おもてなし考

金沢・新おもてなし考

日本人は本当の日本や日本人の良さを理解しているでしょうか?

金沢の街で日本文化を外国の人にちゃんと理解してもらうため、話し合いましょう!

第42回 国際ポットラックサロン「新おもてなし考」 2009年7月1日(水)

 ―日本人はなぜ「さようなら」といって別れるかー  





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写真 竹内整一著(ちくま新書版)


「さようなら」というのは、もともとは「そうであるならば」という接続詞なのですね。
  




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写真 「左葉子通信」

(左葉子通信は金沢ふるさと偉人館 で配布されています)

この本の書評を目にしたメンバーのひとりが左様ならば、と「左葉子(さようし)こと「金沢ふるさと偉人館」館長の松田章一さんに、コピーを差上げたところ、早速お読みになられた松田先生の感想が、たいへんな絶賛ぶり。



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それならばと、この本を今月の「新おもてなし考」で取り上げました。



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この本に何度か出てくる「つれづれ」とは、鈴木大拙の言う「自由とは、この大宇宙からの絶対自立である」という概念があるのではないか(Aさん)

「さよなら」という言葉を新たな観点で私たちに投げかけてくれた。
それは別れの言葉だけではなく、死生観や魂の根元のありように著者は気づかせてくれた(Bさん)



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写真 東京からの参加者

「なんと分りにくい本なんだ」「引用ばかりが多くて」という多数意見もありましたが・・・
「さよなら」が今までの事の終りから、自分が新しいことに立ち向かうのだという心構えがこの言葉にこめられている、という感想に同意する意見が続きました。

例え話に、なんの合図もなく到着し発車するヨーロッパの鉄道には「けじめ」がないと感じる日本人旅行者もいるそうです。

その理由も幾つか意見が出ました。


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詩人 寺本まち子さんによる自作の詩「弟とくらげ」の朗読がありました。
この詩は「さようなら」をモチーフにしています。
心に沁みました。


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鉄道沿線の風景から、美意識について発展したところで鬼瓦の制作に携わっておられる森山さんから、興味深い話のサワリだけを伺いました。



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写真 8月の講師:鬼師 森山茂笑さん


終わってみれば、さすがと思わせられたのは松田先生の学識でした。

引用・参考文献をことごとく読んでおられるのでしょうね。



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写真 氷室まんじゅう

折しも「氷室の日」、三種類の氷室まんじゅうが揃いました。金沢のならわしです。 
  

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きょうのサロンは、ある参加者によれば「知を浴びた思い」だったそうで、主宰者としては嬉しい限りです。

(文責:中島)