「誘われて…越中良いとこ、一度はおいで」 | 金沢・新おもてなし考

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金沢の街で日本文化を外国の人にちゃんと理解してもらうため、話し合いましょう!

第30回 国際ポットラックサロン「新おもてなし考」  


2008年4月2日(水)「越中の旅」    

今回は30回記念として移動サロン(!)を実施しました。

第24回「越中さ」考にご登場の加藤さんご推薦コースを行く「越中の旅」です。

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参加者のひとり、高岡生まれの詩人が「歩かなければ意味がない」という金屋町。
彼女の感性はこの辺りからも培われたのでしょうか・・・

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家々の雪の重みに耐える重厚な作りが好ましく思われました。
男性は家並みの観察に夢中でしたが、詩人は・・ご覧のとおりです。


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写真 築200年を越える元鋳物商の店で

最初から大幅なタイムオーバーです。
山門や仏殿等が国宝に指定された瑞龍寺ですが参加者の殆どが拝観済みとあって、こちらはパスしました。                   
http://www.zuiryuji.jp/

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写真 修学旅行以来?

加賀藩3代藩主利常公によって建立された本当の理由は、実子光高の若過ぎる死を悼むため、と学習済みの面々でした。

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八丁道の利長公の像総門からまっすぐに伸びる八丁道(参道)を突き当たると利長公の墓所です。

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写真 墓所入口、馬酔木の匂いが出迎え

皆の度肝を抜いたのは、大きな石塔群でした。

写真 Mさんの身長は180センチです。

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地上高は11M以上という墓所は戦国武将のものとしては全国一のものです。

「重文に指定されても不思議ではない」と盛り上がりました。

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エフェソス遺跡以来、つねに敬虔な祈りをささげるSさんに倣い、手を合わせました。

ゆるやかな坂道を登って鋳物の町を代表する高岡大仏さまを、おまいりしたのち、古城公園に到着しました。

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館員にすすめられるまま入った高岡市立博物館で、思いがけない展示に興奮する場面がありました。

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写真 市立博物館 

ひとつは高峰譲吉博士が高岡の生まれだということを初めて知った金沢市民のみなさまの驚き(博士は1歳で金沢に移住)

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写真 解説に見入る金沢市民

いまひとつは、日本の美術工芸品を欧米に広めた林 忠正という人物の存在でした。 

http://www.senmaike.net/color/html/ijin/7hayashi-tadamasa/1.html


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写真 林 忠正

金沢美大2人組の喜びようは、この冊子の表紙からもお分かりいただけるかと思います。

ウィーン万博(第2回万国博覧会1886年)に石川県の美術品などを出品してジャポニズムを巻き起こしたと解説にあります。

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写真 林 忠正の手になる絵入りパリ誌の表紙

ひそかに博物館再訪を誓ったのは紙博士のTさんです。
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写真 保存状態のよい引き札(広告チラシ)と新聞社発行の双六


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写真 コシノヒガンザクラでしょうか

高山右近がすべての縄張りをしたとされる高岡城跡は西洋の城館そのものです。

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「200日で完成させたなんて、ふつうは有り得ない規模ですよ!5年はかかる規模ですよ、素晴らしい!」と感嘆の声が上がりました。

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写真 水壕沿いに歩く一同 DSC0131

「人力」に勝る兼六園よりも親しみ深いこの公園はまさに高岡市民の財産です。
自然度の高さにもすっかり気を良くした一同でした。

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遅めの昼食は呉羽山公園のレストランでいただきました。
空腹で写真を撮るのを忘れてしまいましたが、春色満載のランチでした。

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目の前に拡がる猫又、剣岳、大汝峰と続く白い山々に歓声があがりました。
眼下は富山市街地“あの空襲のときは真っ赤だったそうよ”とは詩人のひとこと。

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 振り返ると立山開山の祖といわれる佐伯有頼像がありました。

石川国際交流サロンで個展を開かれたこともある楢原北悠さんの作品でした。

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写真 解説盤に見入る一同

近くには民俗民芸村や五百羅漢さんなど見どころがたくさんありましたがパスしてKさん宅へ急ぎました。
きょうのメイン会場です。       

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手荷物を置くにもためらうほど行き届いたお掃除に、ご亭主のもてなしの心を感じました。

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お正月用天神飾りを再現した床の間

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亭主の点てるお茶を一服。薮内流だそうです

季節のお菓子が心づかいの銘々皿にのせられて。

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注:江戸後期九谷若杉窯と越中八尾丸山焼
会話が弾みます 

円卓は、こういう日のためにと求められたそうです。
“おもしろすぎ”と誰かのひとこと。
時間を忘れて会話を楽しみました。

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寺本拳嶺さんの“さくら”を鑑賞しました。

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ショパンを2曲。アンコールにこたえて弾いてくださったのはベートーベンの“月光”でした。

「これってしあわせ・・今とても幸せです」と参加者のひとりから言葉がもれました。
全員がおなじ心地とみえ、一様に頷いていました。

惜しみなくも、さり気ないおもてなしに「遊びをせんとや生まれけむ」を体現している(?)一同、こころゆくまで越中を味わった移動サロンでした。

「一度はおいで」ではなく「一度、来られ」かな(笑)